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黒部市 鉄道物語

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3.トロッコ電車のはじまり(大正14年)

黒部峡谷鉄道(くろべきょうこくてつどう)は、年間100万人を超える乗客でにぎわう人気観光スポットとなっており、車輌(しゃりょう)は「トロッコ電車」の愛称で親しまれています。黒部峡谷鉄道沿線には、万年雪(まんねんゆき)や猿飛峡(さるとびきょう)などの景勝地(けいしょうち)がたくさんあり、深い峡谷の新緑、秋の紅葉などの自然美は訪れる多くの人々を魅了しています。

黒部峡谷鉄道は、その昔「黒部専用鉄道」と呼ばれ、今日のような華やかな観光旅客列車は運行されていませんでした。「黒部専用鉄道」も、三日市と宇奈月の間を走っていた「黒部鉄道」と同様に、黒部川の電源開発のために建設工事が進められました。

大正12年9月、黒部峡谷で初めての本格的な発電所となる「柳河原(やながわら)発電所」を建設するために、宇奈月・猫又(ねこまた)間で「黒部専用鉄道」の敷設(ふせつ)工事が始められました。「黒部専用鉄道」は、平野のない黒部峡谷沿いに建設しなければならなかったので、普通の線路よりもレールの幅が狭く作られ、列車も小さい車輌が使用されることになりました。又、当時は、舗装(ほそう)された道路やトラックといったものは無く、発電所を建設するためのいろんな資材は鉄道によって運ばれていました。

発電所建設用の資材は、一旦、三日市駅(現JR黒部駅)で集積され、そこから、「黒部鉄道」を通って宇奈月まで運ばれた後、積みかえられ、「黒部専用鉄道」によって発電所の各工事現場まで送り込まれていました。
自然の厳しい黒部峡谷では洪水や大雪崩(なだれ)が発生し、鉄道の建設工事はとても大変なものでしたが、大正14年6月に宇奈月と佛石(ほとけいし)の間で電車の運転が開始されました。これが「トロッコ電車」のはじまりです。その後も「黒部専用鉄道」の工事は進められ、大正15年、宇奈月・猫又間が開通しました。

この鉄道開通のおかげで、本格的な柳河原発電所の建設工事が始まり、昭和2年11月、当時としては日本最大の水力発電所となる柳河原発電所が発電を開始しました。

その後、昭和5年には小屋平(こやだいら)まで、昭和12年7月には欅平(けやきだいら)までの鉄道工事が完了し、現在の黒部峡谷鉄道の全線「宇奈月駅・欅平駅間(20.1km)」が完成しました。

建設中の橋りょう(大正13年)

ポール式の電気機関車

写真:黒部市立図書館宇奈月館所蔵